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たか爺のお気楽リタイア生活

毎日が日曜日、きょうはなにしよっか・・

松坂城の修復が始まる!!! 

 

三重県の松阪市は12月2日午前10時から、同市殿町の史跡松坂城跡

表門跡付近で石垣修理の現地説明会を開く。参加無料。事前申し込み不要。

現在進めている石垣修理の途中経過を公開し、石垣修理への理解を

深めてもらうとともに、築城の一端を知る機会にする狙い。


松阪城1



城跡整備と発掘調査の各担当職員と石垣修理業者が説明する。

準備、解体、石積みの各工程うち、解体工事を見学する。

発掘調査での発見や石垣の解体を通じて判明した内容を示し、

修理の行程や方法を紹介する。


なにか貴重なものがでてくるやも知れませんね!!!




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三重県が重文・長谷川家住宅を公開!! 

 

三重県の松阪市議会文教経済委員会は8日、協議会を開き、

市教育委員会が国重要文化財になっている伊勢商人の屋敷「旧長谷川邸

」の保存活用計画を示した。平成31年度から一般公開し、

管理・運営主体を見直す。

長谷川家が平成25年に土地、建物、資料を市に寄贈し、

27年に県史跡・名勝、28年に国重要文化財にそれぞれ指定された。

江戸時代の屋敷地だけでなく明治に入ってから造った

庭園や大正座敷を回遊できる。


長谷川家1



保存活用計画は国重要文化財の住宅と県史跡・名勝の

庭園を対象とした2冊。日常の管理、文化庁や県との協議で使う。

旧長谷川邸の「本質的価値」について「屋敷地の拡大が示す

伊勢商人の隆盛」「質素倹約の家訓にふさわしく落ち着いた

庭園」とまとめている。

31年度に一般公開を始め、32年度から大規模な保存修理をしていく。

管理運営は一般公開時をめどに見直すとしている。

委員は将来の管理体制を質問し、市教委は国重要文化財の

旧諸戸家住宅「六華苑」(桑名市桑名)や濱日館(伊勢市二見町茶屋)

は指定管理者が運営していると紹介し、

「文化財を熟知した上で適正な取り扱いができる体制とする」と答えた。

松阪市は古い住宅の保存・公開に積極的である!!

これに比べ、伊勢市には古民家等に対する保存意欲もない!!

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category: 松阪

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海女さんも絶滅危惧種か!? 

 

国内最多の鳥羽志摩両市の海女が、平成26年からの3年間で

101人減り、660人になったことが三重県の鳥羽市立海の博物館の

調査で分かった。漁獲物の減少が影響しているとみられる。


海女1


4年間で約210人減った22―26年と比べると減り幅は少ないが、

減少に歯止めがかかっていない。

男のあま・・・海士を増やすとか、地元以外

から希望者を募るとか・・何か方法は

ないのか!!


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category: 松阪

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探検家松浦武四郎の生家、25日より公開 

 

北海道の名付け親で松阪出身の探検家、松浦武四郎(一八一八~八八)年

が幼少期を過ごした松阪市小野江町の「誕生地」(市指定史跡)の

修復工事が完了し、二日、報道機関に公開された。武四郎や家族が

使ったとされるかまどや風呂おけが新たに復元され、

当時の暮らしを伝えている。二十五日から一般公開される。


公開されるのは、いずれも木造平屋の主屋(おもや)

と離れの二棟(計百七十平方メートル)。主屋は築二百年の

切り妻造りで妻入り。梁(はり)があらわになっている畳部屋な

どが八部屋ある。復元した台所は炊事用の釜や風呂に

用いた木おけがある。


 畳部屋には武四郎が北海道に旅する前に手を

合わせたとされる仏壇がある。隣接する離れの庭

には武四郎が建てた石の灯籠が残る。


松浦3



誕生地は武四郎が主に幼少期から十七歳の間に暮らした。

伊勢街道沿いにあり、多くの旅人から刺激を受けて武四郎が全国の旅を志した原点の地とされる。


 誕生地は市が二〇〇六年に親族から購入。


松浦2


一六年夏から約二億円をかけて修復した。生誕

二百年記念事業の一環として、二十五日に近くの

武四郎記念館で開かれる「武四郎まつり」に合わせて

公開される。二月中は無料で見学できる。

松浦1



三月以降は十九歳以上百円。月曜休館。

(問)同記念館=0598(56)6847


たかっちも、こんど伊勢に帰った時は必ず

寄りたいものである

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三井発祥の地を三井生命社長が訪問した 

 

三井生命保険の有末真哉社長(59)は27日、新年に当たり伊勢神宮を訪問

、三重県松阪市本町の三井家発祥地を訪れた。4年後の創業者・

三井高利生誕400周年を控え、有末社長に高利への思いや今後の業界展望を聞いた。

―松阪市出身の三井グループの祖、三井高利への思いは。

伊勢神宮では会社の繁栄と従業員の安全を願った。

私自身、清らかな気持ちになった。

三井高利生誕地は特別な思いを持つ場所。高利は14歳から

長兄の下で修行を重ね、類まれな商才を発揮していった。

母の面倒をみるため28歳のとき、いったんは帰郷するが、

松阪での家業を拡張し、商業に加えて金融業を営みながら、

江戸で雄飛するための基礎固めを着々と行っていた。

52歳で江戸に進出し、経験と天才的な創意で新商法を編み出し、

三井の事業を拡張していった。いくつになってもチャレンジ

精神を失ってはいけない、ということを思い起こさせてくれる。


三井1



高利は全てにおいて「お客さま本位」という高い志を持っていた。

今でも当社や三井グループ各社にその精神が脈々と受け継がれていると思う。

―「人の三井」と言われる。団琢磨・初代社長は官営三

池炭鉱の技術者から頭角を現し、財閥最後のトップで

三重県出身の住井辰男・三井本社筆頭常務理事は

小学校卒の港湾労働者出身。目指す社風は。

団琢磨は「いつの時代も、お客さまのためにあれ」と説いた。

生命保険会社は、会社や人がお客さまから信頼されることが基本。

今後もお客さまから信頼される人材を育成していくことを目指していく。

―平成28年の日本生命との経営統合を経て現在、

業界最大手。伝統と変化の受け止めは。

昨年3月に創立90周年を迎えた。長きにわたりご

愛顧いただいたお客さまに心より感謝申し上げたい。

最も貴重な財産はお客さまからの信頼。

日本生命とグループ一体となって協力しながら、

さらなる成長を図っていきたい。

しかし、三井生命は日本生命と経営統合してほんとによかった。

三井の名前は残ったし、経営の自主性も尊重されている。

これがもし、住友生命との合併だったら、三井住友生命となるも

経営の自主性は失われ、経営権は完全に住友生命に

うばわれていたであろう。

住友グループの一員になってしまっていたであろう!!!

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