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たか爺のお気楽リタイア生活

毎日が日曜日、きょうはなにしよっか・・

旭展望台と小樽商大・・道南の旅五日間(4) 

 

昨日のブログで少し紹介した地獄坂とは。

小樽で地獄坂というと、国立小樽商科大学に至る商大通りがある。

明治45(1912)年2月23日の「小樽新聞」には、この通りが地獄坂という名で登場している。

2日目 6月17日(金)
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この地獄坂の名の由来は、国立小樽商科大の草創期の歴史と切り離すこときできない。

小樽商大の始まりである第五高等商業学校が開校した明治44年当時は

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緑第一大通りから上には家がなく、「荒涼たる無人境の観」があったと彼は記している。

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地獄坂の深い雪をこいで上り、たどりついた渡辺校長が見たのは、校舎に黒板、

いすや机すらないありさま。今後の苦難が思いやられた。地獄坂。

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開校当初は教授、学生の住む家もなく、教授陣は直行寺(じきぎょうじ)で合宿し、

学生は雨天体操場を仮寄宿舎として生活し始めた。

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全国から集まった一期生72人は、冬は深い雪の中を泳ぐように、

そして夏は暑さに汗をかきながら、坂を上って通学した。こうして学生を苦しめた坂は、

開校当初から地獄坂と呼ばれるようになったといわれる。

いまでは自動車でスイスイと登れるが、今も坂道を歩いてのぼっている学生もちらほら見かけ、

当時の人々の苦労がしのばれる。

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たかっちが、小樽で先ずこの地をおとずれようとしたのには理由がある。

たかっちの会社員時代によくお世話になった先輩が、この小樽商科大学の出身でよく小樽の

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小樽商科大学初代校長渡邊先生だ。

ことを話してくれていたのを、覚えているからだ。そしていつか小樽へ行ったら訪問したいと

思っていた。今回、訪問できたことは本当にうれしい。

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しばし小樽商科大学のキャンパス内を散策した・・・・。

小樽商科大学から町中へ下っていく途中の道を左折すると。小樽市内を遠望できる旭展望台があるので

ちょっと寄ってみた。

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雨はもう上がっているが、まだ霧がかかっている。

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小樽運河や北運河、港も一望でき、素晴らしい眺めだ・・・

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