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たか爺のお気楽リタイア生活

毎日が日曜日、きょうはなにしよっか・・

青の洞門に立つ・・宮崎・大分の旅七日間(22) 

 

大分県・耶馬溪の羅漢寺↓を見学した後、禅海和尚さんが江戸時代掘削したという青の洞門へと向かう

羅漢寺1_SP0000

6日目 9月6日(火)

羅漢寺のすぐ近くに青の洞門はある。
P1120968_SP0000.jpg
↑は天下一の競秀峰だ。これは凄い。さっき見た一目八景よりきれいだ。

山国川のほとりにそそり立つ絶壁で、その下部をくり抜いて青の洞門がある


P1120969_SP0000.jpgこの道路部分も青の洞門なのだ。道路部分にあたるのである

P1120970_SP0000.jpg
硬い岩盤をくり抜いてあるのがよく分かるであろう

ドウモン1_SP0000
P1120971_SP0000.jpg
トンネルの入り口には金文字で青の洞門と表示されている


P1120972_SP0000.jpg
トンネルの右側に歩道があって、ここは江戸時代に掘削された部分である

ドウモン3_SP0000
禅海和尚さんが掘削した部分は歩いてしかいけない

ドウモン2_SP0000
幕末期の広重の版画にも登場している。トンネル部分と明かりとりの窓が見えるであろうか・・

P1120976_SP0000.jpg
禅海和尚さんの工作像である


P1120977_SP0000.jpg
この車道は明治時代に工事された部分で、原型はかなり壊されたが・・ノミ跡とか明かりとりの窓とかは残っている


P1120978_SP0000.jpg
明治時代の伯爵・大分県知事奥平氏か゜立てた、禅海和尚の顕彰碑文である


P1120979_SP0000.jpg




青の洞門とは

1750年(寛延3年)に第1期工事が完成し、最終的に開通したのは1763年(宝暦13年)であった

諸国遍歴の旅の途中ここに立ち寄った禅海和尚が、断崖絶壁に鎖のみで結ばれた

難所で通行人が命を落とすのを見て、ここにトンネルを掘り安全な道を作ろうと、

托鉢勧進によって掘削の資金を集め、石工たちを雇ってノミと槌だけで

30年かけて掘り抜いたといわれる。

1750年(寛延3年)の第1期工事の完成後には、通行人から人4文、

牛馬8文の通行料を徴収したという話が伝わっており、

この洞門は日本最古の有料道路ともいわれている[1]。

1854年(安政元年)から1856年(安政3年)にかけて制作された歌川広重の

『六十余州名所図会』には、「豊前 羅漢寺 下道」と題し、

この洞門が豊前国の名所として描かれている。

1906年(明治39年)から1907年(明治40年)にかけて陸軍日出生台演習場への

輸送路整備のために大改修が行われ、車両が通過できるよう拡幅された。

この工事の結果、完成当初の原型はかなり失われたが、

明かり採り窓等の一部に手掘りのノミの跡が残っている。

ここは、始めて来たところであり、想像以上に絶景である

なかなか一人ではこれないところで、大分県の山中で、道がややこしい・・・・肝心のナビがいい加減だし・・・

なんか、神戸新聞社がここへの0泊三日の弾丸ツアー10980円を企画している。11月だがまた来るか?????


どうしたもんじゃろのー???


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category: 九州への旅

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コメント

 

和尚さん頑張ったね

青の洞門有名です

あおぞら39 #- | URL | 2016/10/20 05:41 | edit

Re: 和尚さん頑張ったね

> 青の洞門有名です
石のみだけで掘った
そうです。掘るのに村人たち
を雇い掘って、完成後は
通行料金をとって
通らせたそうで、日本初
の有料道路とのことです

たかっち #- | URL | 2016/10/20 08:57 | edit

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