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たか爺のお気楽リタイア生活

毎日が日曜日、きょうはなにしよっか・・

伊良子清白って知っている? 

 

鳥羽市の海岸部・赤福の鳥羽市支店前を歩いていたら、なにやら塀で囲った建物が見えた

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鳥羽市駅前商店街のあたりである

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漂白の詩人 伊良子清白とあるではないか!!!!???


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この板塀の向こうに木造の建物があるが・・・あれだろうか??


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漂泊の詩人 伊良子清白の住んでいた家を移築したものらしい


伊良子 清白(1877年10月4日 - 1946年1月10日)は、

詩人であり、かつ医業のかたわら詩を書き、河井醉茗、横瀬夜雨と並ぶ文庫派の代表的詩人。

詩集は『孔雀船』がある。

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伊良子は鳥取県八上郡曳田村大字曳田(現在の鳥取市河原町曳田)に医師伊良子政治、

ツネの長男として生まれた。父政治は郡家町大門の医師岡田道叔の次男だが、

1875年(明治8年)7月に曳田村にいた伊良子春郊の長女つねと結婚し、

伊良子の姓を名乗った。

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(家の中)

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(まあまあ、キレイに保存されている)

1899年京都府立医学校(現在の京都府立医科大学)卒業。東京日本赤十字病院に勤務する。

1906年に唯一の詩集『孔雀船』を刊行、浜田、大分 台湾、京都を経て、

1922年(大正11年)三重県志摩郡鳥羽町小浜(現・鳥羽市小浜町)で開業した。

1945年(昭和20年)に戦火を避けるため三重県度会郡七保村打見(現・度会郡大紀町打見)

に疎開[3]、翌1946年(昭和21年)に同地で没した。

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↑の書斎兼内科診察室で、執筆していたらしい

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1980年(昭和55年)生地であり、名作「漂泊」の舞台である鳥取県曳田の正法寺境内に、

同作の第4連を山本嘉将が筆にした詩碑が建立された。

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伊良子の歌碑↑

伊良子清白の詩碑(正法寺)↑鳥取県八頭郡河原町曳田 正法寺

ふるさとの谷間の歌は続きつゝ断えつゝ哀し大空のこだまの音と地の底の

うめきの声と交りて調は深し三重県鳥羽市小浜町城山

水底の泥を逆上げかきにごす海の病そゝり立つ波の大鋸過げとこそ船をまつらめ

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伊良子清白の家

清白が鳥羽で医師を開業していた頃に診療所兼住居としていた家が「伊良子清白の家」

として三重県鳥羽市鳥羽一丁目の赤福鳥羽支店の隣に移築され、一般公開されている

この家は1979年(昭和54年)に鳥羽市小浜町から多気郡大台町に移築されたが、

2009年(平成21年)に再び鳥羽の地へ戻った

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伊良子の家の前にはこんな旅館が建っていた

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ここは鳥羽街道と言って、その昔伊勢と志摩を結ぶ重要な道であった

ここへ来て偶然にも、郷里の偉大な詩人を始めて知った

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category: 故郷伊勢

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