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たか爺のお気楽リタイア生活

毎日が日曜日、きょうはなにしよっか・・

幕末版ミニ88ヶ所巡り? 

 

鳥羽市の中之郷から少し山手に登ったところに金胎寺(こんたいじ)というお寺がある

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坂道を登ったところに少し開けた場所があった

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金胎寺の本堂である。昔はユースホステルとして営業していたらしい。皆さんの中には宿泊したことのある人もいるのでは?

境内に文政8年(1825年)建立の芭蕉の句碑が、裏山には小さな祠に石仏が2体ずつ収まった新四国八十八ヵ所

小霊場があり、高台でもあり鳥羽の絶景が眺められるバワースポットである。

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高野山真言宗の寺である。明治維新後、城山大山祇神社の背後にあった藩主・稲垣家の

祈祷所金胎寺(真言宗)を当寺と合祀し、金胎寺と改称したのである。

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(この一つ一つが88ヶ所のお寺の一つであるらしい)

境内には新四国八十八ヶ所小霊場や「松尾芭蕉」「蒲庵奇石」「壷遊」の句碑がある。本尊は不動明王である。

昭和40年代には、ユースホステルとして、県内外から沢山の人々が訪れた。少し高台にあり鳥羽市内の

家並みや鳥羽湾を眺めることができ、夏涼しく今でも市民の憩いの場でもある。

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(なにか、雑然として荒れている感じがしたのだが、個人個人で管理ができているのだろうか?)

松尾芭蕉の句碑(寛政9年)「ほととぎす消えゆくかたや島ひとつ」、蒲庵奇石の句碑(文政8年)

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「飛とすじにまよはて雪の山路かな」、藤本壷遊の句碑(安政6年)「志ら雲に添ふて散りゆく桜可南」

金胎寺の四国八十八ヶ所と言われいているがこの八十八ヶ所の石仏は金胎寺の境内の山側にあり、

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小さな祠に2体ずつ収まっている。いわゆる四国八十八ヶ寺めぐりのミニ版と言えるものである。

寺の縁起によれば、文久年間(1861~64)四国の船頭が開いたといわれている。

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現在は88体のそれぞれに市民の担当が決められ管理されているとのことである。がこの一番最後の写真で

わかるように、木は折れ、参道は荒れ。祠の屋根がないのがかなりある!!!!

市の財産としてもう少し管理面に注意をそそがないと荒れ放題のお寺になってしまうぞ・・・

それと祠のなかの本尊も管理がされてなく、いつなくなってもおかしくないし、なくなっていること自体にも

恐らく気ずかないのではと思われる。

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category: 故郷伊勢

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